【この記事は、株式会社ポッセ・ニッポン代表の堀江が、一般社団法人公開経営指導協会の会報誌に掲載した連載を再編集したものです。小さくても、特色ある中小企業の姿をご紹介します】
風呂上がりに、フルーツ牛乳を飲みながらマンガを読む。ソフトクリームも、生ビールもある。生ビールのためのおつまみも売っている(2021年5月現在、生ビールは緊急事態宣言により休止中)。マンガは、天井まで届く作り付けの本棚に人気作がずらりと並んでいて、「半個室」もある。ニコニコ温泉株式会社が運営する東京浴場(東京都品川区)の風景だ。
ニコニコ温泉株式会社の主要事業は、温泉・銭湯の経営代行である。同社創業者の真神友太郎社長(48)が考え出したビジネスモデルだ。
銭湯という「ハコ」をオーナーから同社が借り受ける形で、銭湯を運営する。同社は、銭湯のオーナーに家賃を払った上で風呂焚きから清掃、メンテナンス等の一切を行う。同社は、テナントとして銭湯を運営する仕組みだ。したがって、銭湯のオーナーは家賃収入を得ることができ、土地建物を手放す必要はない。
銭湯といえば、その多くが家族経営だ。毎日の風呂掃除は高齢の経営者にとっては重労働で、老朽化に伴うボイラーなどの修繕やさらに高騰する燃料費など費用がかさむ。そのような環境下で、廃業は残念だがやむを得ないのではないかというのが近年の趨勢だ。そして、地域で長年親しまれてきたが、惜しまれながらも廃業するというニュースはよく耳にする。
このような文脈から、私がこの会社の存在を知った時は若干、感傷的なイメージを抱いた。つまり、「人間同士がつながる、銭湯という日本の“文化遺産”を失いたくない」という感傷が事業の裏にあるのではないかという先入観を持っていた。
しかし、真神社長に会ってみてその感傷は良い意味で裏切られた。
(写真左:天井まである作り付けの書棚。写真中:真神社長。頼んでいないのにケロリン桶を持ってポーズを取ってくれた。写真右:作り付けの書棚の上から見下ろした待合室)
「ちゃんとやれば、黒字化できる」
真神社長は、建設会社や生協勤務などを経て、株式会社船井総合研究所に入社。コンサルタントとして10年以上の勤務経験がある。船井総研で担当していたのは、全国の旅館や温浴関係のコンサルティング。銭湯や日帰り温泉などの事業再生スキームを、ノウハウとして蓄積していった。
「ニコニコ温泉」は2015年5月に創業し、最初の仕事として神戸の湊山温泉の経営代行を手掛けた。ちなみに、湊山温泉は古くは同地域ゆかりの平清盛が使っていたとの言い伝えもあるほどの、地元では有名な存在だ。
銭湯の多くは家族経営で、特に高齢の夫婦が切り盛りしていて老朽化も目立つ。そして儲からないから廃業する。しかし、「商売としてやっている以上は、黒字化して当たり前。ちゃんとやれば、黒字化できるんです」と真神社長。例えば、同社が東京・品川区で運営する東京浴場は、午前5時から早朝営業を行っており、好評を博している。午前6時ごろの利用がかなり多いという。一方、銭湯の多くは午後3時に店を開け、午後11時に閉店するが、現役世代は午後7時ごろまでは来られず、午後11時の閉店時間は早すぎる。このような状況下でみすみす逃している顧客を、早朝営業で獲得できている。
このことはしかし、同業者組合では歓迎されなかった。もちろん、そのことは容易に予想されたので、真神社長は経営を引き継ぐことになった時はきちんと挨拶に訪れ、早朝営業を行う際も知らせた。同業者組合の反応は、「なんでそんなことをやるんだ」だったが。
しかし真神社長にしてみれば、「なぜやらないのだろう」と思えた。コンサルタントの経験から、現在の立地で早朝に営業すれば、どの程度の集客が見込めるかは大体把握できた。銭湯の向かい側のスーパーマーケットは、深夜まで営業している。やらないという選択肢はなかったので、一部で批判は受けたものの早朝営業を始めた。ただし、終夜営業を提案した際は「絶対にダメ」だと言われてしまい、あきらめた。(第2回に続く:「銭湯は表現の場だ(2)怒号飛び交う再開初日」)
(取材時期:2020年11月)
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